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気が付いたら頭がTVから抜けなくなっていた。 [調布市野川]





会社から帰宅し、7時から9時までTVでプロ野球観戦、


9時のニュ-スで楽しみなスポ-ツコナ-、


11時からプロ野球ニュ-ス。




朝刊の楽しみは贔屓チ-ムの成績。
















E0518074.JPG頭が抜けない。.JPG














気が付いたらTVから頭が抜けなく成っていた。




















東京都調布市野川







































タグ:野川

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改憲について安倍首相「自民党総裁としての考え方は、詳しく読売新聞に書いてますから」の理由? CIA→読売→自民党 安部首相の発言はCIAの意向で読売新聞が台本を書いていると云う事? [Twitter]




E0514594 高尾山.jpg






























一日の仕事を終え帰宅すれば、ナイタ-中継の観戦。

翌日、会社に出社すれば、昨夜観た巨人戦の話題。

難しい「政治や経済」の話は、誰かに任して置けば良かった。











最近テレビが「怪しい」、一部の権力に操られている様に見える。

麻薬は、何処の国から入って来て、

日本人の誰が買って、誰が儲けているのか、一切報道が無い、

芸能ニュ-スで終わっている。











小沢氏の「政治資金問題」の不起訴。


「不起訴」とは、、

被疑事件が犯罪を構成しない場合、犯罪の嫌疑がない場合、?

嫌疑が不十分な場合、訴訟条件を欠く場合、

被疑事件が犯罪を構成しない場合である。





有罪無罪でも無い「不起訴」を、

「政治とお金の問題」と表現するのは違うと思う。

















こんな事も有った。

郵政民営化以前、2001年4月26日、小泉総理が就任した時に、

約1万4千円有った平均株価が、

2年後の4月28日、約半分の7千6百円に下がった。











それは不良債権の強制的処理という名目で「貸し渋り」、

「貸しはがし」を行い、

実体経済の血液である金融を止め、株と土地を下降へと誘導した。









さらに「時価会計」「減損会計」の強制的導入により株価は急降下させ、

「銀行と上場企業の1/4ずつの「株」の持ち合い」である

「銀行と企業の株式保有の禁止」より、

大量の株式を市場に放出させ、株価を意図的大暴落させた。












もう一方で、為替介入「外国為替平衡操作」を利用し、

「35兆円2千5百65億円という、史上最高のドル買い介入」をした。





原資は、

政府短期証券と10兆円の米国債を日銀に引き受けさせ捻出をした。

2002年末で3千7百81億ドルだった、

日本の米国債保有が、2004年11月末で7千149億ドル。

この2年間で3千3百68億ドル、

35兆円の米国債を買った。













35兆円の仕送りをアメリカにしたのである。












2003年から2005年までの2年間で、

日本の株式を、個人も金融機関も「売り越し」であるのに拘らず、

総額16兆9千億近くを「一人の外国人」が買い越しをしている。












一つ一つは「情報」として伝えられていた筈であるが、

つなぎ合わせてみると、

アメリカに仕送りをした「35兆円の余剰資金」が日本に還元し、

意図的に半額まで暴落させた「日本の株式」を、

リスクマネ-の「外資」が買い漁ったスト-リ-が見えて来る。










尚且つ、株式の利益配当を極限化するために固定経費、

経常経費を削る為、

終身雇用制の破壊、

人材派遣の規制緩和、

後期高齢者医療制度を行ったのである。










多くの記者に囲まれながも、









郵政民営化は「年次改革要望書」基くアメリカの要望であると、

説明しようとしている小林興起氏は、

言葉を遮られ、「抵抗勢力」=「悪者」と形容されていた。





















テレビは「痛みを伴う改革」と言い続け、「外資のCM」が流れていた。

テレビは「政治を監視」するのではなく、

「日本国民」を誘導している様に思える。











郵政民営化の郵貯、

簡保資金の350兆円もアメリカの「リスクマネ-」の財布に成るところだった。











記事の内容は一部

2010年2月9日衆議院予算委員会における民主党・小泉敏明議員の質疑

から引用 しています。










どうしてこう成ったのだろうか?

テレビメディアが誕生した理由を調べた。






















日本で最初の民放TV局をた創設した「正力松太郎」は、

戦後A級戦犯として収監されたが、

「巣鴨プリズン」出獄後、CIAから1000万ドルの円借款をし、

日本人から「反米思考」を取り除く事、

米国の水爆実験により、死の灰を浴びた「第五福龍丸事件」により起きた、

「反原子力」の気運を取り除く事を目的に、

CIAの工作員として、日本で最初の民放TV局が開設した。











コ-ドネ-ムを「ポダム」と呼ばれていた。

 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


CIA→読売→安部首相、


安部首相としての発言はCIAからの意向で読売新聞が台本を書いてると云う事ですか?


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


 


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青鷺 [東京都調布市野川]

野川青鷺.JPG









本当に東京オリンピック開かれるのだろうか?



















日本でヒットラ-の「我が闘争」を教材に使えると閣議決定。


タグ:野鳥
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亀が甲羅干ししてた... [東京都調布市野川]







楽しいそうな男の子、


エビとヤゴが捕れたから見せてあげると言ってきた。





お父さんが申し訳なそうにしていた。










野川 亀.JPG










東京都調布市








タグ:野鳥
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護衛艦出雲 米艦防護へ出航 [Twitter]

E0513236-123.JPG







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タグ:自衛隊
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トランプのシリア攻撃、北朝鮮軍事攻勢の真相 本当かな! [YouTube]





















    Wikipediaを見ると、この人、民事裁判で訴えられたがある...






















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「正義」と云う台詞で形容してしまえば、 心は「憎しみと憎悪」に支配されている事に気が付かない。 [Дракон Бог]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獅子が踏みしめている「玉」、

観音様が手の平に持つ「玉」、

龍が握り締めている「玉」が何か?

 

神社仏閣を参拝している時に思った。

 

 

 

 

 

 

 

 4月14日.JPG

 

 

 

 

 

 

龍と観音様、

光と影、

陰と陽、

この対象的な者の構図は、

何を表わしているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

4月14日天女.jpg 

 

 

 

 

 

 

労を惜しまず、

影で支える者がいるから、

「世」が成り立つ、

それだけではないだろう。

 


「陰」を「龍」で、

恐怖感を憶える程の存在観で画くだろうか?

 

 

例えば、

人類を戦火に貶めたい「策動者」は、

「愛と平和」を説く、

「自由」だった事もある。

 


 

 

 

 

 P1017658-1.jpg

 

 

 

 

 

 

 

「イラク兵達は、生まれたばかりの赤ちゃんを入れた保育器が並ぶ部屋を見つけると、

赤ちゃんを一人ずつ取り出し、床に投げました、

冷たい床の上で、赤ちゃんは息を引き取ったのです。」


 

「クエ-トの少女の涙」が戦争の引き金と成った。


 

「愛と平和」から反転した「憎しみと憎悪」は強大で、

「正義」と云う台詞で形容してしまえば、 

心は「憎しみと憎悪」に支配されている事に気が付かない。 

 

 

「クエ-トの少女の証言」は捏造だった。

今、改めて見ると「目の芝居」が出来てない事が判る。

 

 

神を装った者達は、

光と影、

陰と陽を使い、

対立関係を創作し、 

人類を操って来た。

 

 

「光と影、陰と陽に惑わされる事なく、平静な心を持ち続けよ。」という霊的伝承の様な気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三つ巴.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神社で見る「三つ巴」、

カオスを表現している「三つ巴」も同じ意味だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タグ: 異星神

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「君の名は。」を観た。 “宇宙が「過去と現在」を紡ぐ「紐」デキているから、  「過去と現在と未来」という時系列が成り立っている、 「紐」の存在が「今」を絶対的な物としている。” [新海誠]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君の名は。」を観た、 

  時間と空間は、不規則に絡み合っている。 

「今」と云う「現在」は、

「今」と言った瞬間に「過去」に成ってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E0517568-22.JPG 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  宇宙が「過去と現在」を紡ぐ「紐」デキているから、 

「過去と現在と未来」という時系列が成り立っている、

「紐」の存在が「今」を絶対的な物としている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三葉が電車の中の瀧君に投げた「紐」が、

「過去と未来」のつながりを暗示していた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

  

 

 ラストシーンの須賀神社の階段での「出会い」が、時間差の無い「今」を現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


タグ:神社仏閣

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「いのちの名前」 [未来]

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昭和34年11月24日(1959年11月24日)

僕が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京タワ-はもう既に建っていた。               
                                                                                     


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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都電が庶民の足で、     




 

 

 

 

 

 

 

 

 

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まだ東京にも蒸気機関車が走っいた。   

   



 

 

 

 

 

 

 




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羽田ではプロペラの旅客機が活躍していた。 

 

なぜか昭和39年の東京オリンピックの記憶が無い。

 

 

                                                                                          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

父は「戦争の生き残り」で、

    
                                                                                                                                                                                                                                                                                                                    
東京の大田区辺りの京浜工業地帯で旋盤工をしていた、 

 

汗臭いのが当たり前でビ-ルを飲むと上機嫌だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おとうさん.jpg    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                  

 

若い頃は戦友会にもよく出掛けていたが、

                                                                                                                             

晩年は戦友会もいわゆる人生の成功者達の集まりに成ってしまい、 
  

                                                                                                    

「オレの行く所では無い」と出掛けることは無かった。  
                                                                                                                                                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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高校生の時「お父さんが戦争で殺した人達はどんな表情していた!」と聞いた事が有る、

 

真実を知りたかったから けれど答えてくれなかった。 

                                                                                            

ただ 「経済さえ ちゃんとしていれば そんな事はする必要が無かった」と言っていた、  

 

進学は経済学部にした。

 

 

 

                                                                   

 


 

蒲田のガード下や池上本門寺のお会式で 


                                                 
戦争で手足を失った白装束の人達がアコ-ディオンで、 

 
                                         
「此処はお国の何百里・・・・」と悲しげに演奏していたのを良く見かけたが、 

    
                           
いつの日か居なく成っていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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家から帰るといつもテ-ブルの上には母が内職で作った、

    
                                      
「どこから見てもカツラと判るカツラ」がテ-ブルの上に沢山置かれていた。

 

 

                                                                             



僕たち兄弟(私は次男)が小学校の高学年に成った頃、        

                                                                      

母は近所の町工場でトランジスタラジオや玩具のトランシーバの組み立てをしていた、
 

 
その頃は景気が良く 月の石を見る為に行列が出来た大阪万国博に社員旅行に行っていた。

 

                                                  


 

すき焼きのお肉が「豚肉」でなく、

   
                                                      
本当は「牛肉」だと知ったのは小学年二年生の頃だったと思う、

   
                                   
溶き卵ですき焼きの「牛肉」を食べるのは許されない贅沢だと思っていた。 

 





でもこの世で一番美味しい食べ物は母の作ってくれた、    

                                                                                                                   

もう二度と食べられない豚肉入りのカレーライスだったと今でも思っている。

 

 

                                                                                           

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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誕生日とクリスマスにしか食べられないケーキは、

     
                                         
ヤマザキの「バタ-クリーム」で、

    
                                                       
不二家の「生クリーム」のケ-キは買ってくれなかった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家は貧しかったけれど両親の頑張りで「ひもじい思い」はしたことは無かった。

 

                                               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    


       

 

 

 

 

 

 

 

 

                                              

線路脇の家は電車が通る度に揺れた、 
      

                                       
テレビは電波障害を起こし「ザァ-」と成った、  
    

                                                                  
いい場面で「ザァ-」と成ると家族全員で「アッ-」って声を上げていた。                              



 

 

 

 

 

 

 

社会人に成るまで 家にお風呂が無かった、 
    

                                              
銭湯行くと必ず背中を流してくれる優しいおじさんがいた、 
    

                                                  
ある日 いつもの様に背中を流してくれるかと思ったら
    

                                                                                             
泡だらけに成った体で後ろから抱きつき両手を下半身に伸ばして来た。

 

 

 

当時「オカマ」と言う言葉あったが「ホモ」と言う言葉は無かった気がする、 

                               

とんだ「オカマ」体験だった、それ以来銭湯に行くのが怖くなった。   


 

 

 

 

 

 

 

 

 


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幼稚園に入る前 事故に有った。  
          

                                                  

友達のクンちゃんに誘われ道路に放置された解体途中の車の上で遊んでいたら、   

                                                                                 

車が崩れ下敷きに成ってしまった、    

                                                                                           

運良く首だけは外に出ていたが左足が挟まり外に出る事が出来なかった、     

                                                                          

クンちやんが大人を呼びに行くまで時間が掛かり日も暮れ始めていた、 

                                                                               

何時間独りで車の下に居たのだろう、救出された時の痛さは今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1970年の安保闘争の時 家の近くの線路上で機動隊と学生の衝突が有った、  

 

機動隊に追われた学生?が家の玄関に逃げ込んできた。   
                                  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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小学6年から社会人に成るまで好きだった女の子は僕が町を出る時泣いていた。

 

 

 

 

 

 

父が亡くなる時 ひとり身の私を案じて   
                                                                                    

ナースコール利用して看護婦さんに私を紹介していた。 

 

 

 

 

 

 

子供の頃 事有る毎に私に「育て方を間違えた」と言っていた母が亡くなる時

 

「あきらが居てくれて良かった」と言っていた。               

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

 

 

  

 

 

 

 

 

39年前家族と一緒に登った東京タワーに一人で登った。 

                                                                  

39年前と同じ様に階段を使って登った、

                                                                                         

 

たやすく登れた筈なのに可也ばてた。  


          

 

                                         

 

夕陽が目にしみた。   
 

 

 

 

 

帰りに何度も振り返り東京タワー見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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東京タワーってこんなに綺麗なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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